MANABI MAP · PHILOSOPHY SERIES 02

野生の思考と、
子どもの発見

レヴィ=ストロースとルソー

遠くの人々も、子どもも、「遅れている」とされてきた。
その物差しを疑った二人は、自分の物差しには気づけたのか。
二人の人生をたどりながら、その思想を、ひとつずつ学ぶ。

Podcast 全10話 / 各話約10分

Introduction

なぜ、この二人なのか

電気のない村の写真に「遅れている」と書く。そのとき私たちは、人類全体が同じ階段をのぼっている、という絵を思いうかべています。人類学者クロード・レヴィ=ストロースは、ブラジルの奥地での調査から、その階段そのものを疑いました。「未開」とされた人々の思考は劣っているのではなく、別の種類の思考なのだ、と。

その200年前、ジャン=ジャック・ルソーは、同じ物差しを別の相手について疑いました。子どもは、おとなの未完成品ではない。おとなになる前の子どもが何であるかを、私たちは知らないのだ、と。レヴィ=ストロースは1962年の講演で、ルソーを「人間科学の創始者」と呼んでいます。

ただし、このシリーズは二人をほめて終わりません。「女性の交換」という言葉、ソフィーの教育、仕組まれた自由、預けられた5人の子ども。物差しを疑った人にも、自分の立つ場所の物差しは見えていませんでした。第1部の「網と顔」の問いを受けとり、教育の思想へつないでいきます。

Axis

シリーズを貫く軸

野生の思考(レヴィ=ストロース)

  • 社会は一本の階段に並ばない
  • 事実の下には、関係の構造がある
  • 親族は、人と人をつなぐ交換の体系
  • ブリコラージュは、科学の下の段階ではない
物差し

子どもの発見(ルソー)

  • 学問の進歩は、人間をよくするとは限らない
  • 利己愛は、くらべる中で生まれる
  • 自分で決めた法に従うことが自由
  • 子どもは、小さなおとなではない

Central Question

人を「遅れている」と見るとき、
私たちは何を見落としているのか。

Timeline

二人の人生

レヴィ=ストロース(1908–2009)

  1. 1908ブリュッセルに生まれ、パリで育つ
  2. 1935ブラジルへ渡り、サンパウロ大学で教える
  3. 1935–36カデュヴェオとボロロの人々のもとへ
  4. 1938–39ナンビクワラの人々のもとへ
  5. 1941亡命してニューヨークへ。ヤコブソンと出会う
  6. 1945言語学と人類学の構造分析についての論文
  7. 1949『親族の基本構造』
  8. 1952『人種と歴史』
  9. 1955『悲しき熱帯』
  10. 1959コレージュ・ド・フランス教授に
  11. 1962『野生の思考』。ジュネーブでルソー生誕250年の講演
  12. 1964–71『神話論理』全4巻
  13. 1967デリダ『グラマトロジーについて』が「文字の教訓」を批判
  14. 2009パリで死去(100歳)

ルソー(1712–1778)

  1. 1712ジュネーブの時計職人の家に生まれる。まもなく母が死去
  2. 172815歳でジュネーブを離れる。ヴァランス夫人のもとで独学
  3. 1742パリへ。のちに百科全書の音楽の項目を書く
  4. 1749ヴァンセンヌへの道で懸賞論文の課題を目にする
  5. 1750『学問芸術論』が一等賞
  6. 1752オペラが宮廷で成功
  7. 1755『人間不平等起源論』
  8. 1762『社会契約論』『エミール』。断罪され、フランスを逃れる
  9. 1764子どもを預けたことが匿名の小冊子で暴露される
  10. 1778エルムノンヴィルで死去(66歳)
  11. 1782『告白』第1部が死後に刊行
  12. 1792ウルストンクラフト『女性の権利の擁護』がソフィーの教育を批判

Episodes

全10話の学びの地図

第一章 レヴィ=ストロース「人間は、どこまで同じなのか」第1〜5話 / 熱帯の森の深緑
第1話 #Ph2-1

哲学に退屈した青年は、なぜブラジルへ行ったのか

問い:社会は、一本の階段に並べられるのか

哲学の授業に退屈した青年が、ブラジルの奥地へ向かう。社会の進み具合を一本の階段に並べる見方を疑い、人類学という方法と文化相対主義を学ぶ回。

  • リセの哲学教師が感じた、どんな問いも同じ型で片づく退屈
  • 1935年のブラジル、カデュヴェオの顔の模様とボロロの円い村
  • 『人種と歴史』の列車のたとえ:止まって見えるのは、別の方向へ走っているから
  • 文化相対主義は「何でも認める」ことではない

ほんとだ!階段じゃなくて、線路がたくさんあるんだ。あの村は、遅れてるんじゃなくて、別の線路を走ってるのかもしれない。

── ハル(第1話)
一本の階段人類学という方法文化相対主義
第2話 #Ph2-2

ニューヨークで、ソシュールに再会した人類学者

問い:社会の中にも「ちがいの網」はあるのか

亡命先のニューヨークでヤコブソンの講義に出会い、音韻論の見方を人間の社会へ広げる。「構造」とは何かを、おじとおいの関係で確かめる回。

  • 1941年の亡命と、ブルトンと乗り合わせた船
  • ヤコブソンの音韻論:「かき」と「かぎ」、音は対立の体系
  • 話す人が意識していなくても、体系は働いている
  • おじとおい:1つの関係は、ほかの関係とのちがいの中で決まる

か行とが行のように、親しいと、きびしいも、1つの対立の組なのかもしれない。1つの関係の意味は、ほかの関係とのちがいの中で決まる。

── おじいさん(第2話)
亡命音韻論構造
第3話 #Ph2-3

なぜ、いとこと結婚できる社会とできない社会があるのか

問い:結婚の禁止は、何のためにあるのか

『親族の基本構造』。近親婚の禁止を、自然と文化の境目にあるものとして読み、禁止の裏側に「よその家族と結びつけ」という交換の働きを見る。「女性の交換」への批判も確かめる。

  • 近親婚の禁止は、自然と文化の境目にある
  • 平行いとこと交叉いとこ:血の近さが同じでも、線が引かれる
  • モースの贈与と、南フランスの食堂のワイン
  • ゲイル・ルービンの批判:その交換の中で、だれの声が消えているのか

体系がきれいに見えるほど、見えなくなる人がいるのかもしれないね。

── ハル(第3話)
近親婚の禁止交換親族の構造
第4話 #Ph2-4

「未開」の人は、考えるのが遅れているのか

問い:「役に立つから覚える」だけなのか

『野生の思考』。世界を分けて秩序づける「具体の科学」と、ありあわせで意味を作るブリコラージュ。科学の下の段階ではない、別の種類の思考を学ぶ。

  • 具体の科学:ハヌノオの人々の1800を超える植物の名前
  • 動物は「考えるのによい」:トーテムと、ちがいの網
  • 技術者とブリコルール、そして神話の構造
  • サルトルとの論争と、「人間を溶かす」という言葉

ひいおばあちゃんの知っている、と、僕の知っている、は、同じなんだろうか。「知っている」には、いくつもの形があるのかもしれない。

── おじいさん(第4話)
具体の科学ブリコラージュ神話の構造
第5話 #Ph2-5

文字を学ぶことは、いいことだけなのか

問い:文字は、人を自由にするだけなのか

『悲しき熱帯』の「文字の教訓」。読むふりをした首長の場面から文字と権力を問い、デリダの批判で、その物語自身に潜む物差しを見る。第一章の締めくくりとして、ルソーへ橋を架ける。

  • ナンビクワラの首長は、なぜ線を読むふりをしたのか
  • 文字は、学問より先に管理の道具だったのではないか
  • デリダの批判:「無垢な社会」という物語と自民族中心主義
  • 調べる側の力の問題と、1962年のルソー講演

学ぶことは、人を自由にする。同時に、人を社会の決まりの中に組み入れる。この2つは、切り離せないのかもしれない。

── おじいさん(第5話)
文字の教訓文字と権力自民族中心主義
第二章 ルソー「人間は、どう育つのか」第6〜10話 / ジュネーブの朝の麦色
第6話 #Ph2-6

時計職人の息子は、なぜ学問を疑ったのか

問い:ものを知れば、よい人になれるのか

ジュネーブの時計職人の子として生まれ、学校にほとんど通わなかったルソー。ヴァンセンヌへの道と『学問芸術論』から、「見かけ」と「本当」のちがいを学ぶ。

  • 1712年ジュネーブ、母の死、1728年の家出と独学
  • 1749年、ヴァンセンヌへの道のひらめき(本人の回想)
  • 『学問芸術論』:よい人であることより、よい人に見えること
  • 学問を批判して有名になった、というねじれ

さっき僕は、もっと勉強すれば、やさしくなるって言ったけど、ちがうかもしれない。何のために学ぶのかがちがったら、学ぶほど、いじわるになることもあるんだ。

── ハル(第6話)
文明批判ヴァンセンヌのひらめき見かけと本当
第7話 #Ph2-7

人間は、なぜ不平等になったのか

問い:競争心は、生まれつきのものなのか

『人間不平等起源論』。自然状態という思考実験から、憐れみ、自己愛と利己愛、完成可能性を学ぶ。作られた不平等なら、問いなおすことができる。

  • 自然状態は歴史の事実ではなく、考えるための道具
  • 憐れみ:理屈より先に反応する感情(レヴィナスの顔とくらべる)
  • 自己愛と利己愛:くらべる相手が生む、終わりのない気持ち
  • 完成可能性と、土地に囲いをした最初の人

人間が特別なのは、よくなれるからではなく、悪くもなれるからなんだ。

── おじいさん(第7話)
憐れみ自己愛と利己愛完成可能性
第8話 #Ph2-8

みんなで決めるとは、どういうことか

問い:多数決なら、公平と言えるのか

『社会契約論』。力ではなく合意が決まりを正しいものにする。全体意志と一般意志のちがいを文化祭の多数決で考え、「自由であるように強制される」という言葉の危うさまで見る。

  • 力は権利を生まない。決まりを正しくするものは何か
  • 全体意志と一般意志:何を考えて手を挙げるのか
  • 「自由であるように強制される」と全体主義の批判
  • よい市民はどう育つのか:『エミール』と同じ年の問い

あ!同じ多数決でも、何を考えて手を挙げるかで、ぜんぜんちがうんだ。自分の得を足しても、みんなの意志にはならないんだね。

── ハル(第8話)
社会契約一般意志自由と強制
第9話 #Ph2-9

教えないことが、教育なのか

問い:たくさん教えるほど、子どもは育つのか

『エミール』。子どもを小さなおとなと見ない「子どもの発見」と、急いで教えないことを仕事とする消極教育。年齢ごとの完成と、事物から学ぶことを具体例でたどる。

  • 子どもの発見:おとなになる前の子どもは、何であるか
  • 消極教育:足すのではなく、守る
  • 事物による学び:窓、豆とロベール、森の太陽
  • 本は『ロビンソン・クルーソー』から。そして断罪と逃亡

教えないって、何もしないよりずっとむずかしいんだね。

── ハル(第9話)
消極教育子どもの発見発達の段階
第10話 #Ph2-10

5人の子を預けた人が、教育を語ってよいのか

問い:語る人の生き方と、言葉の正しさは分けられるのか

5人の子を孤児院に預けたと本人が書いた事実と向き合う。家庭教師の見えない管理、ソフィーの教育を確かめ、二人をつなぎ直して、第3部のカントへ渡す最終回。

  • 『告白』の記述と、本人の子かを疑う見方
  • 「よい父だったか」と「考えはまちがいか」を分ける、分けきれない
  • 見えない管理:豆も森も、仕組まれていた
  • ソフィーの教育とウルストンクラフトの批判。AIのおじいさんの告白

二人とも、文明の物差しを疑った。でも、自分が立っている場所の物差しまでは、見えなかった。

── おじいさん(第10話)
見えない管理ソフィーの教育教える者の責任

Glossary

キーワード集

文化相対主義 relativisme culturel
文化を自分の物差しで順位づけせず、その文化のしくみの中で理解する態度。何でも認めるという意味ではない。
構造 structure
バラバラに見える事実の下に取り出される、関係のパターン。中身が変わっても、関係が保たれるなら同じ構造と言える。
近親婚の禁止と交換 prohibition de l'inceste / échange
自分の家族の中で結婚してはいけないという禁止は、よその家族と結びつけという働きでもある。
具体の科学 science du concret
役に立つからだけでなく、世界を分けて秩序づけたいという知的な営み。
ブリコラージュ bricolage
手もとのありあわせで意味を作る思考。科学の下の段階ではなく、別の種類の思考。
文字の教訓 leçon d'écriture
読むふりをした首長の話から、文字のはじめの働きは支配ではなかったかと問う『悲しき熱帯』の章。デリダが批判した。
憐れみ pitié
他者の苦しみに、理屈より先に反応する感情。道徳を学ぶ前からある、とルソーは考えた。
自己愛/利己愛 amour de soi / amour-propre
自分が生きることを大切にする気持ちと、人とくらべて上に立とうとする気持ち。後者は社会の中で生まれる。
完成可能性 perfectibilité
人間が自分を変えていく能力。よくなれることは、悪くもなれることでもある。
一般意志 volonté générale
ひとりひとりの得の合計(全体意志)とはちがう、全員に共通する利益を目指す意志。
消極教育 éducation négative
徳や知識を詰めこむのではなく、心と頭を悪から守り、育つ時間を与えること。放っておくこととはちがう。

Questions

考えてみたい問い

  1. 「遅れている」と書くとき、私たちはどんな列を思いうかべているのでしょうか。
  2. 人の気持ちのうち、構造で説明できるものと、できないものの境目はどこにあるのでしょうか。
  3. 文字を学ぶことが人を自由にし、同時に社会の決まりに組み入れるなら、学校は何を大事にすればよいのでしょうか。
  4. 順位があるから出るやる気は、自己愛と利己愛の、どちらから来ているのでしょうか。
  5. 子どもが「自分で決めた」と感じている学びの中に、おとなの設計はどれくらい入っているのでしょうか。
  6. ひどいことをした人の考えを、許せないまま学ぶことはできるのでしょうか。
  7. AIが学ぶ人に問いを出すとき、それはルソーの家庭教師と、どこがちがうのでしょうか。

このあとに読むなら

レヴィ=ストロースは、『悲しき熱帯』が旅の記録として読みやすく、短い『人種と歴史』は第1話の問いに直結します。ルソーは、『エミール』を第1編から、できれば『告白』と並べて読むと、第10話の問いが自分のものになります。

つながる部

第1部「言葉の網と、網の外の顔」のソシュールは第2話で、レヴィナスは第7話でふたたび登場します。第3部「世界の枠組みと、育つ自由」では、自分で考えるとはどういうことかを問い、カントとヘーゲルを学びます。