哲学に退屈した青年は、なぜブラジルへ行ったのか
問い:社会は、一本の階段に並べられるのか
哲学の授業に退屈した青年が、ブラジルの奥地へ向かう。社会の進み具合を一本の階段に並べる見方を疑い、人類学という方法と文化相対主義を学ぶ回。
- リセの哲学教師が感じた、どんな問いも同じ型で片づく退屈
- 1935年のブラジル、カデュヴェオの顔の模様とボロロの円い村
- 『人種と歴史』の列車のたとえ:止まって見えるのは、別の方向へ走っているから
- 文化相対主義は「何でも認める」ことではない
ほんとだ!階段じゃなくて、線路がたくさんあるんだ。あの村は、遅れてるんじゃなくて、別の線路を走ってるのかもしれない。
── ハル(第1話)
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